Episode 2

『失敗』『失敗』『失敗』    
…その先で見つけた宝物

小学生の頃、僕は野球に夢中だった。

校庭、公園、グラウンド、至るところに友達と集まって、毎日のように野球に明け暮れた。
誰も打てないような球を投げて三振を奪ったときや、他の人が捕れないヒット性のあたりを捕ったときの達成感を、今でもよく覚えている。

 

「プロ野球選手になること」

 

中学生になると、楽しむこと以上に結果を求められるようになった。
「ヒットを打ちたい」は「ヒットを打たなくては」
「アウトにしたい」は「アウトにしなくては」
「~したい」という欲求が「~しなくてはいけない」と義務感に変わっていくのがつらかったけれど、野球を辞めた人生がイメージできず、歯を食いしばって続けた。

 

高校生になると、プレッシャーに起因するイップスの症状に悩まされた。
最高の球を投げたくても身体がいうことを聞かなくなり、ミスを連発するようになった。
いくら頑張っても前に進めない。強制的に立ち止まらされるのが苦しくて、少しずつ壊れていく心。

とうとう僕は、プロ野球への道をあきらめた。

 

野球。それは当時の僕にとってのすべてだった。
それを失った絶望はあまりにも大きい。
目の前が真っ暗になり、何を支えに生きて行けばいいのかさえわからなくなった。

 

それでも大好きな運動から目を背けたくなくて、自分が輝けるスポーツを探し続けた。

 

テニス、サーフィン、総合格闘技、ダブルダッチ、様々なスポーツにチャレンジした。
でも、僕がイメージするレベルまで自分の技術が追いつかなかったり、自分らしさが感じられな
かったりと、それぞれのスポーツでかみ合わない部分が出てきた。

それでも諦めなかったのは、野球の挫折を通して、立ち止まってしまうことの苦しみを知っていたからだ。
たとえ僕のプレーが下手くそでも、努力が実る可能性が低くても、何かに挑戦し続けているときの方が心地よかった。

そしてついに僕は、ライフセービング競技であるビーチフラッグスを知った。

 

野球のように色々なことを器用にこなすことは苦手な僕だったけれど、一つのことを磨き、極めることならできると感じた。

 

そして10万回を越える反復練習を経て、僕はビーチフラッグスの日本チャンピオンになった。

 

それまではうまく行かないことだらけだったけれど、自分が輝けるフィールドを、やっと見つけることが出来た。

 

振り返って疑問が一つあった。

 

「失敗」というラベルが貼られるであろう僕の野球経験は、他のスポーツ経験は、果たして「失敗」だったのだろうか?

 

僕の中では「失敗」はない。
あるのは「チャレンジ」だけだ。

 

傷つくことや周囲の目が怖くて、僕たちは1回挑戦で、2~3回の「成功」「失敗」を決めがちだ。
しかし、そこで止まっては見えない景色がある。
100回の「失敗」の先に、「成功」「失敗」を越えた感動が待っている。

 

「失敗」「失敗」「失敗」
僕の人生経験はそうくくられることの連続だろう。

 

でも、それらの経験を通して僕は、自分のことが知っていった。
何が得意で、何が好きかをわかってきた。

 

得意で好きなことをどこまでも追及しているうちに、
僕にとって必要なキーパーソンたちに出会えた。
僕を必要としてくれるかけがえのない人たちに出会えた。

 

「失敗」「失敗」「失敗」の先にあったのは、自分を輝かせられるフィールドと、支え合い、高め合える仲間たちだった。

 

「失敗」なんてものは、自分たちの中で作ってしまった思い込みに過ぎないということを、数えきれない挑戦を通して僕は学んだ。


僕たちは、君のチャレンジや結果を笑ったり批判したりはしない。
一緒に、たくさんチャレンジしていこう。
チャレンジを積み重ね、君らしい人生を創っていこう。

 

和田賢一